いわさき ちひろ@【絵本・情報館!】



●概要●

いわさき ちひろ(本名: 松本知弘、旧姓: 岩崎、1918年12月15日 - 1974年8月8日)は、日本の絵本作家、挿絵画家である。
夫は衆議院議員であった松本善明。

水彩画に水墨画の特色を生かした独特の叙情あふれる画風で幼い子供や自然を描き、晩年は文章も手がけた。
その絵は、絵本や画集にとどまらず、絵葉書、便箋、カレンダー、ジグソーパズルなど色々な物に用いられ、今も人々に愛されつづけている。

一方、1946年27歳の時に日本共産党に入党し、社会問題・平和にも鋭い視線を向けていた。
1967年には、『わたしがちいさかったときに』で広島で被爆した子どもたちの手記を、死の前年には、ベトナム戦争の中での子どもたちの姿を描いた絵本『戦火のなかの子どもたち』を世に出している。


●経歴●

1918年 - 3人姉妹の長女として福井県南条郡武生町(現・越前市)に生まれ、翌年東京に移る。
1931年 - 東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)に入学。(同年、満州事変)
1933年 - デッサン・油絵の勉強を始める。
1936年 - 第六高女を卒業。朱葉会女子洋画展に入選。(同年、2.26事件)
1937年 - 藤原行成流の書を習い始める。
1939年 - 結婚し満州へ渡るが、翌年、夫の自殺により帰国。
1944年 - 満州勃利女子開拓団に同行し満州へ渡るが、戦況悪化のため帰国。
1945年 - 空襲で焼け出され母の実家(長野県松本市)に疎開。(同年、日本敗戦)
1946年 - 日本共産党に入党。人民新聞の記者となる。日本共産党宣伝部・芸術学校に入学。
1947年 - 前衛美術会創立に参加。日本美術会、日本童画会のメンバーになる。
1950年 - 司法試験浪人(後に弁護士)で日本共産党員の松本善明と結婚。(同年、朝鮮戦争勃発)
1951年 - 長男・猛が誕生するが、家庭の事情によりやむなく夏からしばらく信州の実家に預ける。
その間、母乳が途絶えぬようにと東京で乳を飲ませていた乳飲み子が俳優の三宅裕司であった。
1963年 - ソビエト連邦を訪問。
1964年 - 「童画ぐるーぷ車」を安泰、滝平二郎、箕田源二郎らと結成。
1966年 - ヨーロッパを旅行。長野県黒姫にアトリエ兼山荘を建てる。
1967年 - 夫が衆議院議員となる。
1973年 - 『戦火のなかの子どもたち』を描く。
1974年 - 肝臓ガンのため死去。 享年55。(同年、ベトナム戦争終結)

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この記事へのコメント
失礼いたします
Posted by エロ at 2008年01月26日 00:10
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