ビアトリクス・ポターA【絵本・情報館!】



ビアトリクス・ポターの主な作品●

ピーターラビットのおはなし(The Tale of Peter Rabbit;1902)
りすのナトキンのおはなし (The Tale of Squirrel Nutkin ;1903)
グロースターの仕たて屋 (The Tailor of Gloucester;1903)

ベンジャミン・バニーのおはなし (The Tale of Benjamin Bunny ;1904)
2ひきのわるいねずみのおはなし(The Tale of Two Bad Mice;1904)
ティギーおばさんのおはなし (The Tale of Mrs. Tiggy-Winkle;1905)

パイがふたつあったおはなし (The Tale of the Pie and the Patty-Pan;1905)
ジェレミー・フィッシャーどんのおはなし (The Tale of Mr. Jeremy Fisher;1906)
こわいわるいうさぎのおはなし(The Story of A Fierce Bad Rabbit;1906)

モペットちゃんのおはなし(The Story of Miss Moppet ;1906)
こねこのトムのおはなし(The Tale of Tom Kitten;1907)
あひるのジマイマのおはなし(The Tale of Jemima Puddle-Duck;1908)

ひげのサムエルのおはなし(The Tale of Samuel Whiskers or, The Roly-Poly Pudding ;1908)
フロプシーのこどもたち(The Tale of the Flopsy Bunnies;1909)
「ジンジャーとピクルズや」のおはなし(The Tale of Ginger and Pickles;1909)

のねずみチュウチュウおくさんのおはなし(The Tale of Mrs. Tittlemouse;1910)
カルアシ・チミーのおはなし(The Tale of Timmy Tiptoes;1911)
キツネどんのおはなし(The Tale of Mr. Tod;1912)

こぶたのピグリン・ブランドのおはなし (The Tale of Pigling Bland;1913)
アプリィ・ダプリィのわらべうた(Appley Dapply's Nursery Rhymes;1917)
まちねずみジョニーのおはなし (The Tale of Johnny Town-Mouse;1918)

セシリ・パシリのわらべうた (Cecily Parsley's Nursery Rhymes;1922)
妖精のキャラバン(The Fairy Caravan;1929)
こぶたのロビンソンのおはなし(The Tale of Little Pig Robinson;1930)

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ビアトリクス・ポター@【絵本・情報館!】



ビアトリクス・ポターの概要●

ヘレン・ビアトリクス・ポター(Hellen Beatrix Potter, 1866年7月28日-1943年12月22日)は、イギリスのロンドン出身の絵本作家。『ピーターラビットのおはなし』シリーズで知られる。

ビアトリクス・ポターの父、ルパート・ポターは法廷弁護士として教育を受けていたが、ほとんど仕事はせずに紳士クラブに時間を費やした。
そしてビアトリクス・ポターの母は訪問者を迎えるか自分から訪れるかに時間を費やしていた。
かれらは、両親の遺産で暮らしていたのである。

ビアトリクスと弟のバートラムは、乳母と家庭教師の世話を受けた。
ビアトリクス・ポターが成長すると両親は彼女を家政婦としてあらゆる知的発展を阻んだ。
その代わりに家を監督することを要求した。
おじは、ビアトリクスをキューガーデンの生徒として紹介したかったが、女だからと拒否された。

ビアトリクス・ポターの多くの事業と物語は、こっそりと家へ持ち込んだり、休日にスコットランドと湖水地方で観察した小動物が発想の素材となった。

ビアトリクス・ポターは、地衣類が菌類と藻類の共生関係であることを提唱した最初の一人でもあった。
しかし、女性であったためそれを公表することが認められず、学会ではおじが論文を読まなければならなかった。

ビアトリクス・ポターの書いた『ピーターラビットのおはなし』を出版することが勧められた。
しかし1902年に引き受けてくれる出版者を見つけるのに苦労した。

この小さな本と後の作品はとても好評で、ビアトリクス・ポターは本の売上から独立した収入を得た。

ビアトリクス・ポターはまた、出版者のノーマン・ウォーンと密かに婚約していた。
だがビアトリクス・ポターの両親は生活のために働いているウォーンとの結婚に反対した。
かれは、挙式の前に死亡し、それはビアトリクスと両親の間に不仲を引きおこした。

ビアトリクス・ポターは、23冊の本を書いた。
それらは子供が手で持って読みやすいように小さな判型で出版された。
1920年頃から視力が低下したため本を書けなくなってきたが、1930年に最後の作品『こぶたのロビンソンのおはなし』を発表した。

晩年はイギリスの湖水地方で牧羊場を購入し経営した。
ビアトリクス・ポターはその景観を愛し、安定した著作権使用料と両親の遺産で地元の土地を買い上げた。

ビアトリクス・ポターはナショナルトラスト運動の創始者の一人の友人であり、自身の財産の多くを小屋、15の農場、4000エーカー(16km²)の土地を買い、その美しさが失われないようにした。
ビアトリクス・ポターの遺産は現在、湖水地方国立公園の一部となっている。

47歳の時、ビアトリクス・ポターは事務弁護士のウィリアム・ヒーリスと結婚したが子供はできなかった。そして1943年12月22日、ランカシャー州ソーリーにて死亡した。

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